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     日本占領期年表

 1952(昭和27)年 1月〜4月分


  1月       1日 一般参賀・歌会始など皇室の正月行事は、天皇が喪のため取りやめ。       2日 農林省、競走馬改良のため米国からサラブレッド52頭を買い付け。(21日に、30頭が横浜港へ到着)       3日 英国、自国製ライターの模造で日本に抗議。       4日 OSS(海外供給物資販売所)、日本人に開放。          英国、反英運動に対しスエズ運河を封鎖。       5日 死者や失明者を出した「殺人アルコール」の密造で東京新宿の飲食店経営者を検挙。       6日 力士総会、力道山に角界復帰の意志がないことを確認。       7日 「アチャコ青春手帖」放送開始。       8日 東京京橋にブリヂストン美術館開館。       9日 電通省、慶弔電報の取り扱い再開を決定。       10日 ブラジル、日本から5000家族入植を承認。       11日 国税庁、脱税対策で「第三者通報制」を決定。       12日 ルバング島で元日本兵4人が警官隊と交戦。          大相撲春場所、新装の蔵前国技館で開幕。           この場所から、色とりどりの「相撲のぼり」が復活した。       13日 農林省神戸検疫所で輸入ビルマ米から「黄変米」が大量に発見される。           ボイコット運動が起こり、毒性と配給の是非が問題となる。       14日 都内のパチンコ屋が5000軒突破と新聞に。       15日 弾球選手権大会が、東京で開催される。           600人が参加して、パチンコ(弾球)の出玉を競った。           優勝者には、賞金3万円と機械(パチンコ台)1台が贈られた。          少女の家出急増、前年は1000人と新聞に。       16日 東京都、結核患者の医療費半額補助の制限を緩和。月収1万1000円以下の家庭に補助。       17日 GHQ、防衛費が約2割の政府予算案を了承。       18日 東京地裁、チャタレイ裁判で訳者の伊東整に無罪判決。しかし、出版元の小山書店主には罰金刑の判決。          韓国、日本領土よりに「李承晩ライン」を設定。       19日 カンボジア国王シアヌークが来日。       20日 日本遺族厚生連盟、戦没者遺族援護対策を不満とし首相私邸に陳情し、徹夜の座り込み。       21日 札幌市警警備課長の白鳥一雄警部が、帰宅途中射殺される。(白鳥事件)           10月になって、共産党の村上国治が逮捕され、1938年に有罪確定判決が出た。           しかし、唯一の物証とされた遺体からの摘出弾丸の信憑性が疑われた。       22日 プロ野球東急の大下弘が、西鉄に移籍。       23日 NHKがはじめて国会中継(衆議院本会議の首相施政方針演説)を放送する。       24日 GHQ、帝国ホテル・両国旧国技館など接収した都市財産返還の順次実施を発表。       25日 自由党総務会、独立後に紀元節復活で一致。       26日 フィリピンの戦争未亡人連盟、日本から戦争孤児に送られた玩具の受け取りを拒否。       27日 大阪で民放ラジオ聴取率調査を実施。       28日 日比賠償会談がはじまる。           全権大使の津島寿一らがマニラを訪問して実現。           フィリピン側が80億ドルの賠償を要求したため、交渉は難航。           4年後、約5億ドル相当の役務と生産財による賠償で合意にいたった。          米上院、新移民法承認。アジア人にも市民権。       29日 八木アンテナ設立。テレビアンテナの製造。       30日 元硫黄島警備隊司令で僧侶の和智恒蔵らが、硫黄島に上陸。戦没者の遺骨調査開始。           3月に遺骨30柱、遺品150点を持って帰国した。       31日 全国初の専用施設、川口オートレース場完成。   2月       1日 ストレプトマイシンの薬局販売が始まる。          ボンベイの世界卓球選手権(〜10日)に日本が初参加。7種目中4種目に優勝。       2日 GHQ、輸出管理権を日本政府に移譲と発表。       3日 力道山、プロレス修行のために米国に出発。       4日 外国タバコの輸入第1船が横浜に入港。       5日 高額収入印紙の変造・販売容疑で7人逮捕。法務局関係者40人が関与。       6日 英国王死去(8日にエリザベス2世即位)。       7日 B29型長距離重爆撃機、埼玉県金子村に墜落。17人死亡。       8日 文部省が「純潔教育」の再検討へ、と新聞に。          英国、エリザベス2世が新女王として即位。       9日 日本政府、宇垣一成ら138人の追放解除を発表。       10日 NHK、北米・中国などに国際放送を再開。       11日 専売公社、タバコ「ピース」の新デザインを発表。R・ローウイに150万円で依頼。       12日 昭和20年生まれの新入学児童は、その前年より27万人減の154万人、と新聞に。       13日 保健体育審、学校体育に剣道復活を答申。       14日 「鉄の肺」、国立東京第一病院に到着。           「鉄の肺」とは、鉄製円筒型気密室の気圧を変化させることで、患者の呼吸を補助する装置のこと。           呼吸に必要な筋肉を冒された小児麻痺患者には朗報となった。           アメリカ人の篤志家(とくしか)からの寄贈で実現した。          オスロ冬季五輪開幕。日本は戦後初参加。       15日 第1次日韓正式会談開始。(4月末、打ち切り)          横浜港のメリケン波止場が接収解除になる。       16日 衆議院、尾崎行雄の議員勤続50年表彰を決議。       17日 バスガイド・コンクールが、東京共立講堂で開催される。           国内バス会社のバスガイド54人が参加。審査員は、金田一京助・徳川無声ら。           東京陸運局と東京都乗合自動車協会の共催で実施。          鳥取市賀露港で浮遊機雷爆発。600戸被害。       18日 富士銀行千住支店でフランス兵ら3人組が280万円を強奪。(3月4日主犯の脱走仏兵逮捕)       19日 青梅線で貨車暴走。(青梅事件)           共産党員ら逮捕。後に偶発事故と判明し、1943年に全員無罪。          最高裁、有責の夫からの離婚請求不可と判決。       20日 東大構内で、学生劇団ポポロ座公演に潜入していた警官3人が学生に摘発される。           このとき、潜入警官は学生に警察手帳を押収される。(東大ポポロ事件)       21日 新華社、米軍が北朝鮮で細菌散布と報道。       22日 総評、「マーケット・バスケット方式(理論生計費)」による賃金綱領草案を発表。       23日 勅使河原蒼風、ニューヨークの国際フラワーショウ審査のため渡米。(4月23日帰国)       24日 欧米10ヶ国、戦略物資の対共産圏禁輸協定。       25日 通産省、繊維不況の綿紡績各社に4割操業短縮を勧告。(糸へんブーム終わる)       26日 NATO、欧州軍創設と西独の加盟を決定。       27日 秋田赤十字病院、Rhマイナス型血液の乳児に対し血液総入れ替え手術に成功。       28日 安保条約に基づき、米軍駐留条件を規定する日米行政協定調印。       29日 閣議、砂糖の統制撤廃を決定。昭和15年以来12年ぶりに自由販売(4月1日実施)。   3月       1日 九州電力築上発電所が稼働。新鋭火力の端緒。          小説家の久米正雄、死去。享年60歳。           大正3年に「牛乳屋の兄弟」を発表。代表作品は他に『破船』など。           戦後は鎌倉文庫の社長もつとめ、雑誌『人間』を創刊したことでも知られる。       2日 第1回琉球政府立法院選挙。社大党が第1党。          タンチョウヅルが、特別天然記念物に指定される。(29日、朱鷺・サンショウウオも)       3日 東北大が蔵王山で人工雪製造実験。少量降雪。       4日 十勝沖地震。30人死亡、1724戸全壊。           マグニチュード8.1の烈震を記録。北海道東南部から三陸方面一帯が被害を受けた。       5日 オーストラリア、対日講和条約を批准。       6日 吉田茂首相、参議院予算委員会で「自衛のための戦力は違憲ではない」と答弁。       7日 たま自動車(現・日産)、プリンス・セダンを発表。       8日 GHQ、兵器製造器禁止を解除(4月権限委譲)。       9日 西独首相、志願兵で5万人の部隊編成と言明。       10日 吉田茂首相、野党の猛反発で6日の発言(「自衛のための戦力は違憲ではない」)を撤回。          旭化成、米ダウケミカル社とサラン(合成樹脂)製造の技術援助契約を締結。       11日 群馬県横野村の回り舞台が「世界最古」と判明。       12日 東北大、人工降雪の顕微鏡撮影に世界で初めて成功。       13日 大蔵省、今年度貯蓄目標6800億円と決定。       14日 作家長者番付1位は、吉川英治を抜いて、谷崎潤一郎。       15日 連合軍専用電車が廃止され2等車に、駐留軍放送はFEN(極東放送網)になる。       16日 東京有楽町に日劇ミュージックホール開場。           東宝社長の小林一三の「丸の内からハダカを追放せよ」の大号令のもと、日劇小劇場を大改装。           ストリップ小屋から、「ヌード芸術」の大殿堂へと変身をはかった。       17日 GHQ、輸出管理権を全面的に日本に委譲。       18日 農業改良目指す「4Hクラブ」(会員73万人)、初の全日本大会を開催。       19日 琉球米民政府、軍用地使用料の支払いを回答。坪1円8銭の定額で以後7年間紛争続く。       20日 フランチャイズ制初導入のプロ野球開幕。       21日 講和記念植樹のための、「緑の羽根」募金運動が始まる。           国土緑化推進委員会と農林省が「講和記念植樹運動」の一環として推進。           1000万本の苗木代金調達をめざした。       22日 竹中工務店、地下4階を地上で築造後沈める特殊潜函工法による日活国際会館を竣工。       23日 都内の自動車強盗増加。21日までに前年の半数37件、うち外国人が16件、と新聞に。       24日 政府、重光葵ら1011人の追放解除者発表。       25日 中卒就職決定8割で近年になく好調と新聞に。       26日 米国務省、全国に「情報センター」開設と発表。       27日 宗像誠也・勝田守一ら教育科学研究会を再建。          トヨタ自動車工業社長の豊田喜一郎、死去。享年57歳。           豊田佐吉の長男として生まれ、昭和16年にトヨタ自動車工業の社長に就任。           生産技術の向上と部品の自給体制の整備に尽力し、社の基盤をつくった。       28日 政府、生活改善のためバターの大量輸入決定。       29日 国家警察東京本部、東京都小河内村の共産党山村工作隊を一斉手入れ。           前年来、ダム建設で沈む村に住み付いていた、元早稲田大生ら23人を検挙。           彼らは、共産党地下指導部の指示で工事反対を訴え、共産党の拠点作りを行っていた。          文化財保護委員会、無形文化財を初指定。芸能・郷土芸能・工芸の145件。          朱鷺・サンショウウオが、特別天然記念物に指定される       30日 紡績の過剰女工2万人が「里帰り」と新聞に。       31日 新入学児童への国語・算数の教科書無償配付が、全額国庫負担になる。   4月       1日 GHQ、神宮外苑の各競技場・メモリアルホール(旧国技館)・帝国ホテルなどの接収を解除。          砂糖の統制が13年ぶりに撤廃され自由販売となる。          琉球中央政府が発足する。初代任命主席に比嘉秀平。          はとの絵柄のたばこ「ピース」発売。          手塚治虫の「鉄腕アトム」、雑誌『少年』で連載開始。       2日 日華平和条約会談を再開。(調印は、28日)。       3日 ラジオ東京、「リンゴ園の少女」放送開始。美空ひばりの挿入歌「リンゴ追分」がヒット。       4日 「子どもを守る会」準備会、低俗を理由に「横須賀タマラン節」追放運動を決定。       5日 高良とみ参院議員、日本人戦後初のソ連訪問。       6日 相撲協会、翌年から年4回の本場所と決定。       7日 国警、ピストルを躊躇せず使用するよう指示。          イタリア米から黄変米発見。移動禁止を通達。       8日 資源庁、前年度出炭実績は18パーセント増の4647万トンと発表。       9日 日航機「もく星号」が伊豆大島三原山火口近くに墜落。37人全員死亡。       10日 NHKラジオが、連続ドラマ「君の名は」の放送を開始。          棟方志功、ルガーノ国際版画展に入賞。       11日 サマータイム制廃止(昭和23年実施)。       12日 労闘、破壊活動防止法案などに反対し、第1波ゼネストを決行。       13日 ローマ法王、日本国民へのメッセージを放送。       14日 厚生省、生活扶助料を改定し、月額7200円に。       15日 北海道南西部に55メートルの暴風。船舶遭難が続出。       16日 米の戦後初代駐日大使にR・マーフィー任命。       17日 鳥取市の大火で5228戸が焼失し、中心街が全滅。       18日 沖縄戦没将兵の遺骨589柱が横浜に到着。           これにより、牛島満司令官・長勇参謀長ら248名の氏名が判明し、翌日から遺族に引き渡された。       19日 和歌山県教育委員会、県議の部落差別発言に、同和教育振興のため582校に一斉休校を指令。       20日 東大校内を巡回中の警官を学生が拘束、警官はピストルを発射。(第2次東大事件)       21日 公職追放令廃止。岸信介ら追放解除にならなかった5700人も自動的に解除。(解除の実施は28日)       22日 電通省、東京・横浜に硬貨式公衆電話を設置。       23日 米国、ネバダ砂漠で大規模な原爆実験演習。       24日 戦後初の北米行き日本客船「氷川丸」出港。       25日 マッカーサーライン撤廃、遠洋漁業が本格化。       26日 海上警備隊設置。定員6038人。          GHQ、八幡製鉄など旧軍需工場850返還。       27日 講和公電に備え、外務省電信課員が全員宿直して待機。       28日 日華平和条約、調印。          午後10時30分、対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)・日米安全保障条約が発効。(=占領時代の終焉)           これにより、GHQ・対日理事会・極東委員会が廃止され、敗戦から、6年8ヵ月ぶりの主権回復(独立)となる。           発効が午後10時30分となったのは、時差のために、アメリカが28日をむかえるのを待たねばならなかったため。           なお、この日に独立式典は行われず、5月3日に日本国憲法施行5周年記念式典と抱き合わせで開催された。          NHK、放送終了時に「君が代」の放送開始。       29日 沖縄のアメリカ民政府、政治的意図を持たない条件で日章旗の掲揚を認める。       30日 28パーセントの電気料金値上げが認可。

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