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     日本占領期年表

 1951(昭和26)年


  1月       1日 北朝鮮・中国軍が反撃、38度線を超える。          梨本守正(なしもともりまさ)、死去。享年76歳。           元皇族で軍人。明治18年に梨本宮を継承し、昭和7年に元帥となる。           戦後、皇族で唯一、戦犯容疑で逮捕されたが、釈放となった。       2日 鶴ヶ岡八幡宮と成田山で戦後最高の初詣客。       3日 NHK、第1回紅白歌合戦を放送。          復興した歌舞伎座の開場式が行なわれる。       4日 国連軍、ソウルを撤退。       5日 元日以来の暴風雪で釧路沖を漂流していた輸送船「鉄山丸」の乗員42人を米船が救出。       6日 東京中郵扱いの年賀状が前年の4倍と新聞に。       7日 熱海市の公金持ち逃げ信組職員、東京で逮捕。       8日 前首相で国民民主党最高委員の芦田均、自衛の軍備は違憲ではないと講演。       9日 東北大、現職教員の3年編入を認め要領発表。       10日 東京のラジオ日本・朝日放送・読売放送・東京放送の4社が合併し、ラジオ東京を設立。          物理学者の仁科芳雄、死去。享年60歳。           日本原子物理学の父とよばれる。昭和6年、理化学研究所内に仁科研究室を設立。           サイクロトロンを建設する。昭和21年に文化勲章を受章。       11日 中学校以上の随意科目に柔道を復活と決定。       12日 東京都、区画整理を理由に、焼失した池袋西口マーケットの跡地から業者を閉め出す。       13日 京マチ子主演「偽れる盛装」封切。       14日 郵政省、人員・経費削減のため、主要220局で日曜配達を試験的に一時停止。       15日 全面講和愛国運動全国協議会結成。          民営米屋への消費者登録開始。       16日 日本婦人有権者同盟、議員同士の恋で評判の松谷天光光(てんこうこう)と園田直(すなお)に辞職勧告書を送る。       17日 朝鮮戦争勃発以来中断の韓国への電信再開。       18日 警察予備隊長官、軽機関銃を装備すると言明。       19日 社会党第7回大会開催。          昭和25年の合成繊維生産高が、前年の10倍以上に増加したことが判明。       20日 吉田茂首相、再軍備は国民の自由と表明。       21日 社会党第7回大会、「再軍備反対」と「平和3原則」を決議し、鈴木茂三郎委員長を選出。          国鉄紀勢線の新宮駅が全焼。          小説家の宮本百合子、死去。享年51歳。           日本女子大学在学中に「貧しき人々の群」を発表し注目される。           昭和7年に共産党の宮本顕治と結婚。代表作は他に、『播州平野』など。       22日 横浜市の大岡川で自由労働者用宿泊施設(通称「水上ホテル」)が横転し、岸壁に激突。           7人が死亡し、33人が重軽傷。この日は極寒で、通常の倍の宿泊客がいたのが原因。       23日 法務府、「アカハタ」の後継誌「平和のこえ」を無期限発行停止処分。          実業家の白井松次郎(しらいまつじろう)、死去。享年73歳。           元松竹会長で、松竹キネマの創設者。明治35年に松竹合名会社を設立。           以降、日本全国の劇場を次々と傘下におさめ、大正9年に松竹キネマを設立した。       24日 日教組、「教え子を戦場に送るな」の運動方針を決定。          山口県麻郷村八海で老夫婦が惨殺される。(八海事件)           警察は26日に犯人を逮捕。しかし、単独犯行を主張する犯人に対し、複数犯を疑う警察が「自白」を強要。           拷問の末、事件に無関係の「共犯者5名」をでっち上げ、そのうち4人を起訴。(1名はすぐに釈放)           昭和43年10月の無罪判決確定まで、約17年9ヵ月を費やす「冤罪」事件となった。       25日 アメリカ国務省顧問のダレス、対日講和特使として来日。(〜2月11日)       26日 協和発酵、米メルク社とストレプトマイシンの製造技術援助契約を締結。       27日 日本相撲協会、横綱の決定権を協会に移すことなどで吉田司家と合意した、と発表。       28日 警視庁、石油切符の偽造団40人を検挙。       29日 吉田・ダレス会談始まる。           この、吉田茂首相と対日講和特使のダレスによる会談で、講和・安保の骨子が固まる。          鳴門市で解体中の魚雷や爆弾に引火爆発。船舶3隻沈没、81人負傷、3千余戸に被害。       30日 セ・リーグの西日本パイレーツ、リーグ脱退を表明。(プロ野球「西日本問題」)           6球団制への移行をめざしていたセントラル・リーグから西日本が脱退。           それを、パシフィック・リーグの西鉄が受け入れたことで、セ・パ両リーグ間の対立が発生。           また西日本は、同時に巨人の三原総監督と主力の青田昇の引き抜きにも成功。問題がこじれた。           その後、GHQ経済科学局長兼米国野球協会日本支部長のマーカット少将が仲介に入った。           マーカット少将の仲介で、野球連盟とコミッショナーの設置が決定。           3月に検事総長から就任した、初代コミッショナーの福井盛太の裁定で、やっと終息した。          ドイツのポルシェ社創設者のF・ポルシェ、死去。享年75歳。       31日 東証、講和期待で過熱、平日の3倍の出来高。   2月       1日 日本輸出銀行(現・日本輸出入銀行)業務開始。       2日 東宝、30万円の経費がなく、「また逢う日まで」のカンヌ映画祭出品の辞退を申し出。       3日 韓国国会、対日協力者数千人の公職追放解除。       4日 最高検、発行禁止の共産党機関誌「平和のこえ」販売網を捜索、435人検挙。       5日 福井県沖で浮遊機雷爆発、漁船8隻が大破。       6日 帝劇ミュージカルの第1回公演「モルガンお雪」開演。ヒロインに越路吹雪を起用。       7日 三井・北炭など4労組が無期限ストに突入。       8日 国会で議事録音にテープレコーダーを初試用。       9日 「カム・カム・エブリボディ」で知られるNHK「英語会話」の平川唯一、契約もめ降板。          日本青年会議所(会頭:黒川光朝)、設立。          東京地裁、処女喪失と童貞喪失では社会の評価が全く違うため、童貞喪失を理由に慰謝料の請求はできないと判決。       10日 社会民主党(委員長:平野力三)、結成。          宇野千代、女性作家として戦後初の渡欧。       11日 国鉄湘南電車の運行速度が夏から向上、時速85キロから100キロになる、と新聞に。          プロ野球パ・リーグ選抜チーム、ハワイ遠征へ出発。(〜4月7日)           このハワイ遠征のため、パ・リーグは主力選手不在のまま開幕となる。       12日 本州と九州に電力消費制限を実施。電熱器禁止。       13日 地方公務員法施行。政治・争議行為を禁止。       14日 東京中野区で電熱器でのおむつ乾燥を発見された警官の妻が子ども2人とピストルで心中未遂。          名瀬市で「奄美大島日本復帰協議会」結成。          東京、15年ぶりの猛吹雪で、積雪が34センチに達する。       15日 前日からの大雪で、首都の交通網が寸断され、機能麻痺。           このため、国会は流会。証券取引所立会も停止となる。       16日 早朝に、佐賀県西松浦郡の人形石山の中腹で地滑り。           家屋32戸が消失し、3人が死亡。この時の地滑りは毎分2メートルほどの速度だったという。          警察予備隊、元軍人300人の幹部採用を決定。       17日 25年鉱工業生産は前年比24パーセント増と通産省。       18日 京都府網野町で漂着機雷爆発。30戸に損害。       19日 全国自治体警察連合会と全国自治体公安委員会連合会、警察法改正案反対を声明。          リッジウェイ米第8軍司令官、国連軍は朝鮮中部戦線で主導権を奪回したと発表。          フランスの小説家アンドレ・ジード、死去。享年81歳。           『背徳者』や『狭き門』などで知られ、1947年にノーベル文学賞を受賞した。       20日 切手・貨幣図案のGHQ事前承認制を廃止。       21日 世界平和評議会第1回総会がベルリンで開催される。           米・英・仏・ソ連・中国の5大国による「平和協定」締結を要求する。(ベルリン・アピール)       23日 共産党第4回全国協議会開催。武装闘争方針が提起される。       22日 東京築地の中華料理店で1家4人が鉈(なた)で惨殺される。(八宝亭事件)           警察はモンタージュ写真作りにも協力していた同店のコックを逮捕。           しかし犯人は、3月11日、留置場内で服毒自殺(青酸カリを使用)。       23日 日本共産党、4全協で武装闘争方針を提起。       24日 GHQのマーカット少将、プロ野球の内紛(西日本問題)に対し、コミッショナーの設置と連盟設立を勧告。       25日 中・高卒の都内就職は上京組が倍増と新聞に。       26日 日本初の血液銀行、日本ブラッド・バンク(後のミドリ十字)が大阪で開業。       27日 フィリピン、日本人捕虜13人を送還と発表。       28日 医薬制度調査会、医薬分業を厚生省に答申。   3月       1日 明治製菓、戦後初の国産板チョコレート発売。          デボラ・カー主演の英映画「黒水仙」封切。       2日 日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)結成。       3日 東京都民生局、熱海に建設予定の老人ホーム入居資格など、運営の方針を決定。       4日 第1回アジア競技大会がインドのニューデリーで開催される。(〜11日)           11ヵ国が参加。日本は陸上20種目・自転車4種目で優勝。           第1回目がニューデリーで開催されたのは、提唱者のインド首相ネルーに敬意を表したため。       5日 無着成恭編『やまびこ学校』が刊行される。           戦後の「生活綴方(せいかつつづりかた)」の復興に影響を与える。       6日 食糧庁、外米の不良品は返送することを決定。          法隆寺金堂の壁画の抜き取り作業が開始される。           1949年の焼損した壁画を金堂から抜き取り、収蔵庫で保管することになった。           現在の金堂壁画は、再現模写されたもの。       7日 東大の田宮博らが、クロレラを大量培養してタンパク源にする研究を進めていると新聞に。       8日 豪軍事法廷、日本人戦犯7人にチモール島の捕虜不法処刑事件で死刑を宣告。       9日 伊豆大島の三原山、11年ぶりに大爆発。       10日 総評第2回大会、「平和4原則」を決議し、事務局長に高野実を選出。(〜12日)          元首相の幣原喜重郎、死去。享年78歳。           戦前は外相をつとめ、「幣原外交」とよばれる欧米との協調外交を展開。           昭和20年10月に首相に就任し、天皇人間宣言を起草した。       11日 東京のボーイスカウト連盟が米へ送る桜の苗木3000本の贈呈式を二重橋前広場で挙行。       12日 千代田区の学校給食指定パン屋で赤痢発生。       13日 小説家の原民喜(たみき)、死去。享年45歳。           昭和10年に『焔』を出版して注目を集める。戦後は、被爆体験を書いた『夏の花』を発表。           朝鮮戦争勃発を悲観して、鉄道自殺した。       14日 鉄道公安官に拳銃の携行が許可される。       15日 大阪に朝日放送設立。電波管理委に免許申請。       16日 東京都、給食費を払えない家庭の扶助を決定。       17日 阪大理学部で伸縮自由な人工筋肉合成に成功。       18日 東京江東区に天然痘発生。全区民への強制接種決定。           全国で患者総数45人、7人が死亡。       19日 英国務相、ロンドンへの日本在外事務所開設に同意と言明。       20日 日本生活協同組合連合会(会長:賀川豊彦)創立。       21日 日本初のカラー映画、木下恵介監督・高峰秀子主演「カルメン故郷に帰る」封切。       22日 哲学者の出隆、都知事選立候補で東大辞職。       23日 解散寸前の広島カープ、広島県・中国新聞などの再建策提出で、存続を正式決定。       24日 マーシャル米国防長官、近く朝鮮に原子兵器などを送ると言明。       25日 千円札偽造団の元海軍中尉ら10人逮捕。       26日 米国務省、中国本土攻撃を示唆したマッカーサーに、重要声明の事前連絡を要請。       27日 鹿児島市で、西郷隆盛像の軍刀が「金ヘンドロ」に切り取られる。       28日 日本労働組合総同盟解散。右派は解散に反対。       29日 共産党川上貫一議員、全面講和と再軍備反対を主張し、議会から除名される。          次官会議、メーデーに皇居前広場の使用禁止と決定(中央メーデー中止へ)。       30日 東京交響楽団が披露演奏会。       31日 改正結核予防法公布。           これにより、BCGが強制接種となり、その是非が問題となる。          東京国立博物館で「アンリ・マチス展」が開催される。          銀座の街灯が8年ぶりに復活する。           銀座通りに200ワットの電球2個をつけた街路灯106本が完成。           柳祭り前夜の銀座を明るく照らした。   4月       1日 沖縄に「琉球臨時中央政府(行政主席:比嘉秀平)」設立。          食料品配給公団が廃止され、民営米屋が開業。          東横・大泉・東京映画配給の3社合併による「東映(株)」が発足する。          銀座に106本の街灯が復活する。       2日 5百円札発行。肖像は岩倉具視で裏面に富士。       3日 宗教法人法公布。全国の神社も宗教法人に。       4日 浅草のストリッパー4人、公然猥褻で検挙。       5日 東京都、子どもの夜間労働実態調査。女児は花売り、男児はゴム風船売りが多い。          米国連邦裁判所、「原子力スパイ」のローゼンバーグ夫妻に死刑判決。           ソ連に原爆製造の機密情報を売り渡した罪で、米国裁判史上初の「スパイへの死刑判決」となる。           無実を訴える夫妻は控訴。物的証拠が皆無で、他の被告による証言のみでの立件の是非が争われた。           しかし、マッカーシズムが吹き荒れる中の1953年に、連邦最高裁が上告を棄却、死刑判決が確定した。           1953年6月19日、シンシン刑務所にて死刑(電気イス)が執行された。       6日 GHQ、ワシントンへの日本在外事務所開設を許可。       7日 英が日本の造船能力の制限を要求とUP電。       8日 韓国、1月以来マッカーサー・ライン越境の日本漁船30隻を捕獲、2隻を撃沈と発表。       9日 1月以来91頭が狂犬病に、被害者219人。       10日 朝鮮に投入された占領軍の任務を引き継ぐため、米州兵2個師団の第1陣が日本に到着。       11日 トルーマン米国大統領、国連軍最高司令官および連合国軍最高司令官の地位から、マッカーサー元帥を解任する。           後任にリッジウェイ中将を任命。(マッカーサー解任)       12日 ナイロン・ストレプトマイシンなどの製造技術導入が認可される。           ナイロンは、米デュポン社から東洋レーヨンへ導入決定。           ストレプトマイシンは、米メルク社から協和発酵・明治製菓へ導入決定。          奈良県平群村の信貴山・長護孫子寺本堂が全焼。           国宝「信貴山縁起絵巻」など7点は無事。       13日 繊維暴落が深刻化、桐生市で70パーセントが操短実施。       14日 物価庁、砂糖価格を30パーセント値上げ。       15日 北朝鮮、朝鮮問題の平和的解決を国連に要望。       16日 マッカーサー、羽田空港からアメリカへ帰国。(マッカーサー離日)           衆参両議院が、マッカーサーへの感謝決議を議決。           羽田空港には、別れを惜しむ日本人で大混雑となった。          アメリカ国務省顧問・対日講和特使ダレス、再来日。          三原山、再爆発。          「サザエさん」が朝日新聞で連載開始。       17日 札幌警察署、反米演説をした北大生4人を逮捕。       18日 フランス・西ドイツなど、欧州石炭鉱共同体条約調印。       19日 日本初参加のボストン・マラソンで、19歳の田中茂樹が優勝。           総勢153人で争われたレースで、田中選手の優勝タイムは、2時間27分45秒。           また、5・8・9位も日本人選手だった。       20日 全額政府出資の日本開発銀行設立。          石井桃子『ノンちゃん雲に乗る』再刊。       21日 全国民間放送16社に初の予備免許。       22日 統一地方選、投票率全国平均90パーセントで新記録。       23日 第2回統一地方選挙実施。自由党が圧倒的優位となる。          GHQ、新聞用紙の統制廃止に関する覚書。       24日 横浜の国鉄桜木町駅で、京浜東北線の電車が発火。           切断架線に接触し、2両が焼失。106人が死亡。その後の調査で、車両の欠陥が指摘された。(桜木町事件)       25日 米国の国連代表部、中国空軍が朝鮮で爆撃を行えば、米は中国領土を爆撃すると言明。       26日 文部省、教師用の道徳教育手引要綱を発表。       27日 スカンジナビア航空が羽田に乗り入れ開始。       28日 東京の物価は朝鮮戦争前の18パーセント高と総理府。       29日 沖縄社大党など、「日本復帰促進期成会」結成。       30日 日本政府、テニスのデビスカップ戦参加補助費250万円の支出を決定。単独競技としては初。   5月       1日 第22回メーデー開催。           東京では皇居前広場の使用が禁止され、芝公園などての分散メーデーとなる。          リッジウェイ中将、日本政府へ占領下法規再検討の権限を委譲すると声明する。          北海道から九州まで、9電力会社発足。          医学者の永井隆、死去。享年43歳。           研究中のレントゲン照射と長崎原爆で被爆。           病床から『長崎の鐘』や『この子を残して』などを発表した。       2日 海上保安庁汚職で長官が辞表提出。       3日 戸田城聖、創価学会会長に就任。折伏開始。       4日 子どもに賭博遊び激増と東京都『こども白書』       5日 児童憲章の制定を宣言し、首相官邸で宣言式が開催される。          マッカーサー、米上院聴聞会で「日本人の成熟度は12歳、勝者にへつらう傾向」と発言。          全日本柔道選手権大会で、醍醐敏郎6段が優勝。       6日 ラジオ体操、3年8ヶ月ぶりに再開。           放送は、NHK第1放送からの全国放送で、毎朝6時15分から25分までの10分間。       7日 食糧庁、警察予備隊への主食増配を通達。       8日 チャタレイ裁判、東京地裁で開廷。           翻訳者の伊藤整・版元小山書店社長の小山九二郎、猥褻性を否認。           この裁判は最高裁まで争われ、昭和32年に有罪が確定した。       9日 江東区で日量1150立方メートルの天然ガスが噴出。       10日 横浜市警、人身売買容疑者を逮捕。栃木県の農村の女性21人を売買と自供。       11日 外務省、ソ連からの未帰還者32万人と推計。       12日 徳田球一ら共産党幹部潜入容疑で前進座捜索。       13日 岩手県雫石町駅前で家裁、126戸が全焼。       14日 政令諮問委員会第1回会合、占領諸法令の再検討のため開催。          GHQ、対日ガリオア援助打ち切りと声明。       15日 閣議、北海道開発庁の出先機関として、北海道開発局設置を決定。(知事の権限を大幅に縮小)       16日 WHO(世界保健機構)、日本の加盟を承認。       17日 GHQ、中古外車の日本人への払い下げ許可。          貞明皇太后(大正天皇皇后)崩御。享年66歳。           明治33年に15歳で皇太子の大正天皇と結婚。昭和天皇ほか4児を出産。           生涯を通してハンセン病患者の救済に尽力。           その人柄から、戦前・戦後を通して「国民のおばあさま」と慕われた。狭心症のため急逝。       18日 都内5カ所に警察直通の街頭電話設置。       19日 北海道浜中村で上映中のフィルムに引火し映画館全焼。小・中学生ら42人が焼死。       20日 東京医療少年院から20人が集団脱走。       21日 東京都、6〜8月の端境期間は外米の配給がふえ、月に6日分と発表。       22日 津軽海峡にソ連製浮遊機雷と海上保安部発表。       23日 国鉄機関車労組、職能組合として結成。          チベットが中国の自治区になる。       24日 法務府、共産党の「アカハタ」同類紙4紙を発禁。1000ヵ所を捜索し300人検挙。       25日 日本デザイナークラブ、銀座で「日本最初のプロのファッションショー」開催。          気象庁の村上多喜雄、ジェットストリーム理論による梅雨のメカニズムを発表。       26日 坂口安吾宅で税滞納により家具差し押さえ。       27日 墨田区の「アリの町」で教会の落成式。       28日 千代の山の第41代横綱昇進が決定。       29日 韓国の日本人妻、第1陣80人引き揚げ開始。       30日 日立製作所、在日米軍と18億円の自動車・車両部品などの受注契約に調印。       31日 東京で地方婦人議員クラブが結成される。42人が参加。   6月       1日 大阪市で「ワンマン・バス」が、全国で初めて運転される。       2日 東京の日比谷公会堂で、ジャズ・フェスティバル開催。           出演は、南里文雄・江利チエミ、ら。       3日 NHK、テレビ初の実況中継を行なう。           後楽園球場から日本橋三越の電波展会場へ、プロ野球の実験放送。          日本ダービーでトキノミノル優勝。           10戦無敗を誇ったが、20日に破傷風のため急死。       4日 公営住宅法公布。低所得者層への賃貸供給。       5日 無尽会社を相銀に改組する相互銀行法施行。       6日 通産・運輸省、外国自動車購入規則を発表。       7日 日本信販、設立。初の消費者信用販売会社。          西ドイツ、死刑宣告されたナチス戦犯275人のうち、最後の戦犯7人に絞首刑を執行。       8日 住民登録法公布。          綿布輸出はインド1位、日本2位と英綿業委。          千代の山、横綱に昇進。       9日 新土地収用法公布。          日本宣伝美術会(日宣美)発足。       10日 30年ぶりの繊維不況。資金難から八王子で1000工場が操業停止、と新聞に。       11日 東洋レーヨン、日本で初のナイロン生産技術導入契約を米デュポン社と調印。       12日 警察法改正(自治体警察の縮小を規定)公布。          GHQ、日本郵船など4社にニューヨーク航路開設を許可。           これにより、7月16日に第1船の若島丸(国際海運)が横浜を出港。       13日 横浜市の朝鮮人学校運動会で、警察官の写真撮影に抗議した朝鮮人39人が逮捕される。       14日 国際小麦理事会、日本の協定参加を承認。       15日 東京都、516軒の外食券食堂を、定食が1日3回食べられる勤労者食堂に指定。       16日 赤痢患者が前年同期の3倍1万1163人に。       17日 竹中工務店、日活国際会館建設工事で、地下4階分をケーソン工法で作る工事に成功。       18日 仏国総選挙でド・ゴールの国民連合が第1党に。       19日 労働基準法改悪反対闘争委員会(労闘)結成。       20日 第1次追放解除(石橋湛山・三木武吉・菊池寛ら2958人)を発表。       21日 ユネスコと国際労働機構(ILO)が、日本の加盟を承認。       22日 貞明皇太后(大正天皇皇后・5月17日崩御)の葬儀執行。(貞明皇后大喪)       23日 ソ連、朝鮮停戦交渉を提案。(30日に国連軍も)       24日 鈴木茂三郎、国際社会主義協議会大会に出発。       25日 日産・トヨタ・いすゞ、外国製自動車要求の警察予備隊に、国産自動車採用を陳情。          米国ニューヨークのCBS放送、世界初のスポンサー付き定時カラー放送を開始。       26日 シアトルで開催の日本貿易博で、17日の開会以来1週間で受注高20万ドルを超過と発表。       27日 「カウボーイ俳優」ケニー・ダンカン来日。       28日 貯金通帳が横書きになる、と新聞に。          小説家の林芙美子(ふみこ)、死去。享年47歳。           昭和5年に『放浪記』を出版して人気作家となる。戦中は従軍作家として活躍。           代表作は他に、『晩菊』や『浮雲』など。       29日 都教育庁、600キロカロリーの最低基準下回る給食では児童の体位を保てないと各学校長に警告。       30日 都教委、低所得層のため足立区に夜間中学設置を認可。           文部省は反対したが、7月16日に開校した。   7月       1日 文部省、「学習指導要領一般編(試案)」の改訂を発表。           これにより、小学校の毛筆習字、中学校の日本歴史が復活する。          北朝鮮と中国、国連軍の休戦会談提案を承諾。       2日 朝鮮休戦交渉の進展で東証の株価急落。       3日 李承晩韓国大統領、38度線停戦を非難。       4日 吉田茂内閣、第2次内閣改造を実施。          第1回プロ野球オールスター戦開幕。           甲子園球場と後楽園球場で全3戦が開催され、2勝1敗でセ・リーグが勝った。       5日 体協、第17回オリンピックの日本招致決定。       6日 敗戦を信じず、7年間もアナタハン島ですごした日本人20人が帰国する。       7日 十大財閥の役員ら2700人の就職制限撤廃。       8日 西日本に豪雨。           17日までに、京都・鹿児島・高知などで被害甚大。死者・行方不明者が合計306人にのぼった。           最も被害が大きかった京都府篠村だけで、死者・行方不明者109人を数えた。       9日 英仏豪3国、対独戦争状態終結を宣言。       10日 朝鮮休戦会談、開城で開始。(〜8月23日)       11日 日本人記者、戦後初めて朝鮮半島に入る。           GHQの許可により、韓国での朝鮮戦争の現地取材が実現した。           記者は、米国陸軍所属の国連軍従軍記者として、現地の取材に参加した。           服装は米軍の軍服着用で、検閲のために記事は英語で書かねばならなかった。          米国務省顧問のダレス、講和条約と同時に日米安全保障条約を結びたいと言明。       12日 左翼系ニュース紙「連合通信」を無期限停刊。       13日 上野・大阪などの動物園が輸入した動物106頭が川崎港に到着。       14日 GHQ、日本・琉球の新通商計画成立と発表。       15日 静岡県で天竜川にバスが転落。24人が死亡。       16日 日米対抗陸上大会、14年ぶりに開催。          ニューヨーク定期航路の第1船である「若島丸(国際海運)」が横浜港を出港。           日本の「ドル箱航路」再開の先駆けとなる。       17日 フィリピン最高会議、米の対日講和草案に対する反対方針を承認。       18日 神戸工業、米RCA社からテレビ関係の技術を導入。(以後38社が契約)。          大阪球場に関西初の夜間照明設備が完成。       19日 日本政府、綿花や綿製品の割当・価格統制を停止。       20日 日本、デビスカップに13年ぶりに出場。       21日 長谷川如是閑ら34人にが初の文化功労者に。       22日 鎌倉海岸で海水浴保険発売。       23日 自由党、国民民主党に講和全権団への参加を要請。          ビルマ、米の対日講和草案に対する反対を米国に通知。       24日 自由党、社会党に講和全権団への参加を要請。社会党は拒否する。          アメリカ商業美術展、日本橋三越で開幕。       25日 広島県倉橋島で解体中の魚雷が爆発。5人即死。       26日 文部省がサンフランシスコの「講和記念日本古美術展」に国宝級100点出典と新聞に。          秋田県大湯の環状列石群を学術調査。           この日の調査で、石器時代の遺跡と確認された。           これにより、対立していた石器時代説と奈良時代説の論争に終止符が打たれた。           しかし現在は、科学的な年代推定技術が向上し、縄文時代後期〜晩期の遺跡に分類されている。       27日 コカ・コーラ社、類似飲料ニホン・コーラの製造販売差し止めを求め、東京地裁に提訴。       28日 東宝など、浅草寺からヒョウタン池を買収し埋め立てを決める。劇場・映画館の興行街に。       29日 預金が急増、4〜6月は前年同期比7倍に。       30日 安部公房「壁」が、第25回芥川賞に決定。       31日 日本航空(会長:藤山愛一郎)設立。(戦後初の国内民間航空会社)   8月       1日 国土総合開発法第1次指定地域16を発表。       2日 厚生省、一般開業医の外来患者にもストレプトマイシンを配給と決定。       3日 都内の私立夜間高校90校では学期ごとに3割の生徒が入・退学と新聞に。       4日 奄美大島の住民8000人が、日本への復帰を要求し24時間の断食を行う。          山形県の蔵王山麓で日本ボーイスカウト野営訓練全国大会。7000人が参加。       5日 米人女性が広島市に公民館を寄贈し、贈呈式が挙行される。       6日 第2次公職追放解除(鳩山一郎・岸信介・正力松太郎ら1万3904人)を発表。       7日 公益事業委員会、只見川と熊野川の電源開発基礎調査で米調査機関OCIと契約。       8日 東京都、お茶の水駅下や上野・寛永寺のバラック撤去を決め、それぞれの代表に伝える。       9日 日銀貸出残高が2202億円と戦後最高更新。       10日 京マチ子・志村喬主演「牝犬」封切。       11日 23日間晴天の東京に雷雨、40カ所に落雷。       12日 源氏鶏太の「三等重役」、「サンデー毎日」で連載開始。(〜27年4月)       13日 立教・大阪・大阪市立各大学と気象台、筑波山で気球による宇宙線観測を開始。       14日 90万人削減などを盛り込んだ、行政機構改革答申案を決定。          アメリカの新聞王W・R・ハースト、死去。享年88歳。       15日 『映画白書』。前年は米に次ぎ年215本製作。       16日 旧陸海軍将校1万1185人を追放解除。       17日 GHQ、パスポートの自主発給を認める。       18日 吉田茂首相、講和後も公娼復活なしと答弁。       19日 名古屋市の中日球場が全焼し、死者3名・負傷者385人。           名古屋対巨人戦の3回裏、ネット裏から出火して木造内野スタンドを全焼した。       20日 手塚治虫『ジャングル大帝』刊行。          日本航空に初のスチュワーデス15人が入社。       21日 中国政府は米英の講和調印は中ソへの宣戦布告とみなすと日本に警告した、と北京放送。       22日 選挙制度調査会、小選挙区制の採用を答申。       23日 北朝鮮・中国軍、国連軍の中立地帯爆撃を理由に停戦会談の中止を通告。(10月25日再開)       24日 救癩事業募金委員会発足。2億円募金運動へ。       25日 インド、外国軍の日本駐留や中国の講和除外に抗議し、対日講和会議不参加を通告。       26日 日本橋高島屋で「ピカソ展」開催。       27日 広島市で「原爆障害者更生会」結成。経済的自立を目指す、初の被爆者組織。       28日 フルブライト法での日米教育交換計画に調印。       29日 日航の「金星号」が大阪〜板付間でテスト飛行。       30日 通産省、ラジオ普及に1億円の月賦資金斡旋。       31日 吉田茂首相以下講和全権団49人が羽田空港を出発。    この月、生活難から人身売買が横行し、児童福祉法違反事件が続出。         山形・東京・福岡・奈良などで約5000人を数える。   9月       1日 初の民間放送である、中部日本放送(名古屋)と新日本放送(大阪・現:毎日放送)が開局する。          『世界』10月号、全面講和主張し即日完売。       2日 GHQ、「日本人使用禁止」などの標識撤去を指示。       3日 米の対外放送VOA、日本語短波放送を開始。       4日 共産党臨時中央指導部らに団体等規正令違反容疑(反占領軍言動)で逮捕状。       5日 給食継続求め都の学校給食推進協議会結成。       6日 渇水で電力不足深刻。公益委は、本州の一般家庭の週1回停電など電力制限を実施。       7日 長崎県の松島炭鉱でガス爆発。14人死亡。       8日 対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)、サンフランシスコで調印。          日米安全保障条約調印。          旧特高・思想検察関係336人を追放解除。       9日 蚕糸12県の県会議長が糸価対策緊急協議会を開催し、価格安定施設の設置などを要望。       10日 自治体警察廃止の町村が1025町村に。          第12回ベネチア国際映画祭で、黒沢明監督の「羅生門」が日本映画初のグランプリを獲得。          講和記念宝くじ発売。1等賞金400万円。       11日 全官公を中心に、生理休暇取り上げ反対懇談会。          法学者の末弘厳太郎(すえひろいずたろう)、死去。享年62歳。           日本労働法学の開拓者。東大教授を務め、大正13年に東大セツルメントを設立。           戦後、中央労働委員会の初代会長に就任した。       12日 武田清子、ジュネーブでのYWCA会議の帰途、マニラのモンテンルパ刑務所に戦犯慰問。       13日 ブラジル移民委員会は日本人移民10万人への土地70万エーカー割当を決定とサンパウロ発。       14日 正倉院で未調査の宝物を保存する新宝庫着工。       15日 初の「年寄りの日」(中央社会事業協議会制定)。       16日 民芸、滝沢修主演で三好十郎作「炎の人」初演。       17日 プロ野球放送権・放送料問題で、セ・パ両リーグとNHKが第1回会談を開く。       18日 政府、地方行政簡素化本部の設置を決定。       19日 通産省、中国向け繊維輸出は鉄鉱石など重要物資とのバーターだけを承認と決定。       20日 科学技術者の海外派遣が決定し、20人を発表。       21日 建設省、世界最大の起震機で耐震試験を実施。       22日 東武日光線にロマンスカー「けごん」運行。       23日 吉田茂首相、賠償要求国との交渉は誠実に始めるが、現物・現金賠償は行わない方針を決定。       24日 総評左派、労働者同志会(代表:岩井章)を結成。       25日 グアム島で元日本兵が発見される。(〜28日8人投降)       26日 早大大隈小講堂に日本初の円形劇場成り試演。       27日 八百長続発で大井署が大井競馬場に警告。       28日 飲酒運転摘発に酩酊検定器導入、と新聞に。       29日 横浜地裁、ソ連抑留で3年間音信不通の夫への妻からの離婚請求を「理由なし」と棄却。       30日 アメリカで人工心臓を用いての手術に成功。   10月       1日 朝日新聞・毎日新聞・読売新聞などが夕刊の発行を再開する。           これにより、朝夕刊セット販売が復活。       2日 朝日新聞の夕刊に「ひととき」欄開設。       3日 小津安二郎監督・原節子主演「麦秋」封切。       4日 出入国管理令公布。          日本初の職業モデル・伊東絹子ら、デザイナーのティナ・リーサ賞発表会に登場。       5日 NHK、週2日のテレビ正式放映を開始。       6日 地方自治庁、隣組の復活を奨励しないと表明。       7日 東京で、各種興奮剤を作っていた組織的密造団25人をこの日までに逮捕。       8日 講道館、仏柔道連盟の招請で5人派遣と発表。       9日 日本コロムビア、EMI社と映画主題歌の原盤供給契約を締結。       10日 米国で、「MSA(相互安全保障法)」が成立。       11日 政府、追放解除者の恩給復活を決定。       12日 青森県選管、落選者からの異議申し立てを審査し、青森市議19人に当選無効と裁定。       13日 東京駅に6年ぶりにステーション・ホテルが復活、と新聞に。       14日 ルース台風、上陸。           交通・通信網が寸断され、本州各地で大被害。           全壊家屋2万戸、死者・行方不明者943人にのぼる。       15日 東京都、自由労働者の賃金を1律245円から作業別賃金制に改め、平均28円値上げ。       16日 共産党第5回全国協議会開催。           「新綱領(51年テーゼ)」を採択し、武装闘争方針を具体化。       17日 PL教団や生長の家など、新宗教24教団が新日本宗教団体連合会結成。       18日 吉田茂首相、首相として6年ぶりに靖国神社を参拝。       19日 国警京都、中・高生全員にニコチン検査の実施を決定。       20日 在日朝鮮人の国籍問題扱う日韓予備会談開始。       21日 東京数寄屋橋公園での戦傷者の断食闘争は、予算200億円計上などで9日目に解決。       22日 トルコとギリシャのNATO加盟が決定。       23日 海外渡航者の最多は米兵と結婚した女性で、8月以来1500人、と新聞に。       24日 社会党第8回臨時大会、講和・安保条約に対する態度をめぐり左右両派に分裂。          厚生省、有害説もあるBCGの接種継続を声明。       25日 日本航空に、戦後初の民間航空機「もく星号」が就航。東京〜大阪〜福岡間で運航開始。           この日、「もく星号」初フライトの乗客は36人。           当時の東京〜大阪間の片道料金は6000円で、公務員の初任給とほぼ同じだった。          イギリス、総選挙で6年ぶりに保守党が勝利。           これにより、チャーチルが首相に返り咲いた。       26日 衆議院、講和(承認307票対反対47票)・日米安保(承認289票対反対71票)両条約を承認。       27日 人工降雨実験が実施される。           東京電力は裏磐梯上空で、関西電力は琵琶湖上空で、それぞれ実験を開始。           航空機からヨウ化銀などをまいたが失敗。       28日 元関脇の力道山、国際プロレス大会に初出場。       29日 日医・総評など17団体、社会保険医の医療点数引き上げを要求し大会開催。       30日 東京で日米太平洋市長会議開催。26市が参加。       31日 海軍再建を目指す、内閣直属の秘密組織「Y委員会」が海上保安庁に設置される。   11月       1日 米、ネバダ州で初の地上部隊5000人参加による核攻撃実験。           実験直後から体調不良を訴える兵士が続出し、被曝後遺症が問題化した。           この実験は、原爆投下地域に対し、迅速に侵攻を展開するための実験訓練だった。          朝日麦酒、「バヤリースオレンヂ」を発売。       2日 矯風会(きょうふうかい)など、公娼制度復活反対協議会を結成。          読売新聞、特集「逆コース」を連載開始。       3日 愛媛県で満員バスが映画フィルム引火から全焼、32人死亡。(以後、フィルム持ちこみが禁止に)       4日 外国人用高級車乗りまわす社長ら、「外国自動車譲受規則違反」で、この日までに30人を送検。       5日 マーク・ゲイン『ニッポン日記』刊行。       6日 政府、GHQの反対で米の統制撤廃を断念。       7日 後楽園競輪で初の少年取締り、61人が補導。       8日 学徒援護会、アルバイト学生向けに「梱包荷造り講習会」を開催。       9日 江藤俊哉、米国のカーネギーホールに出演。       10日 日教組、第1回全国教育研究大会(教研集会)を日光で開催。       11日 昭和天皇、近畿4県巡幸に出発。(〜25日)       12日 京都大学自治会同学会、昭和天皇来学に際して「公開質問状」を準備し、「平和を守れ」を大合唱した。           自治会は大学を通じて、昭和天皇に公開質問状を手渡そうとしたが、大学側に拒否されていた。           合唱した学生たちは、待機していた警官隊によって排除された。(京大天皇事件)       13日 第1回青森〜東京駅伝、開催。       14日 天野貞祐文相、道徳的中心を天皇とする「国民実践要領」大綱を発表。(批判噴出で、27日に撤回)       15日 山梨県の保険医364人、診療報酬引き上げ求め、全国で初めて一斉に辞表提出。       16日 武満徹(たけみつとおる)ら、実験工房を結成し、第1回発表会を実施。       17日 鎌倉市に神奈川県立近代美術館開館。       18日 参議院、講和(承認174票対反対45票)・安保(承認147票対反対76票)両条約を承認。          B29型爆撃機、東京の横田基地付近に墜落。           救助の米軍人ら7人死亡、住民30人以上が負傷。       19日 マヤ片岡、東京の白木屋デパートで世界一周帰国記念の「ビューティ・ショウ」を開く。       20日 池田勇人蔵相、「給食続けるなら父母負担で」と答弁。       21日 味の素、食卓用ふりかけ瓶を発売。          FAO(国連食糧農業機関)、日本の加盟を承認。       22日 国鉄労組中央闘争委員会の幹部5人、年末手当を要求して東京駅の屋根に座り込みを実施。          スター総出演の松竹映画「大江戸五人男」封切。       23日 朝鮮休戦会談で非武装地帯設定などを合意。       24日 「プラウダ」、日本共産党の新綱領全文を掲載。       25日 作家の鹿地亘(かじわたる)を米軍諜報機関が藤沢市で拉致。       26日 専売公社、外国タバコ17種の一般販売を決定。       27日 厚生省、平均寿命は男60蔵・女64歳と発表。       28日 小田原市で大火。298戸が焼失し、734人が焼け出された。           原因は「たき火の不始末」で、15メートルの強風にあおられ、瞬く間に燃え広がった。       29日 東京芸大の梅原龍三郎・安井曾太郎教授ら、新制大学の規則ずくめに不満募り、辞表を提出。       30日 通産省、土浦・甲府・岡山・佐賀など8市の競輪場新設申請は不許可と発表。   12月       1日 日本医師会、保険単価問題で保険医辞退決議。(8日、単価引き上げで一応の決着)          52年ぶりに50円札発行。肖像は高橋是清。       2日 国家警察茨城県本部、闇米取締りの情報を漏らした鉄道公安官3人を検挙。       3日 矢内原忠雄、東大総長就任を承諾。(14日就任)       4日 徳田球一・袴田里見(はかまださとみ)が北京着と中国連合通信。       5日 GHQ、鹿児島南方海上の北緯29度以北にある七島を日本へ返還することを通告。       6日 パリで国際柔道連盟結成。会長は嘉納履正(かのうのりまさ)。       7日 燕京大客員教授の鳥居龍蔵が12年ぶりに帰国する。       8日 厚生省、社会保険新単価を告示。       9日 米国原爆傷害調査委員会(ABCC)、被爆の母体への影響は永久的と初の中間報告。       10日 林野庁など、森林保護のため、門松・クリスマスツリーの節約を提言。          女優の山口淑子とアメリカの彫刻家イサム・ノグチ、東京明治記念館で挙式。       11日 大リーグ・ヤンキースのJ・ディマジオ選手が引退。       12日 前月閉鎖した新宿の露店200数十軒が、新ビル「新宿サービスセンター」内で開店。       13日 警察予備隊の二等警察正、収賄容疑で逮捕。       14日 部落解放全国委、京都市職員の小説に関し、差別行政糾弾を請願。(オールロマンス事件)       15日 初の「NHK歳末たすけあい運動」実施。       16日 大阪市で小学校から出火し、817戸が全半焼。          大阪市で朝鮮人百数十人が、同胞殺戮(さつりく)への加担に抗議し、朝鮮人経営の特需工場などを襲撃。       17日 公益事業委、年末年始のネオン禁止を解除。       18日 全三越労組、組合幹部解雇に抗議して、デパート初の48時間ストライキに突入。           東京地裁は29日、組合側の仮処分申請に対して、解雇無効の判決を下した。       19日 平塚らいてうら、再軍備反対婦人委員会結成。       20日 政府、復興金融金庫解散の政令を決定。       21日 ソ連、大山郁夫(いくお)に「スターリン平和賞」と発表。       22日 「内外タイムス」のストリッパー人気投票で、ジプシー・ローズが1位。       23日 会社紹介のPR映画製作がさかんに、と新聞に。       24日 吉田茂首相、ダレス宛書簡で国府(台湾政府)との講和を確約。       25日 ラジオ東京(現:TBS)開局。「チャッカリ夫人とウッカリ夫人」放送。       26日 吉田茂内閣、第3次内閣改造を実施。          東京都練馬区の駐在所で巡査が殺される。(練馬事件)           小田原製紙労組員ら逮捕。昭和33年有罪判決。       27日 法隆寺金堂の壁画模写が完成し落慶(らっけい)法要。       28日 日教組、戦車などの戦争玩具追放運動を決議。       29日 米国、実験炉で初の原子力発電に成功と発表。       30日 欧州経済復興の「マーシャル・プラン」が終了。       31日 GHQ、戦犯管理を日本に委譲することを通告。  この年、パチンコ大流行。  この年、赤痢の流行で1万4000人以上が死亡。  この年、脳溢血が結核を抜いて、死亡原因の第1位になる。  この年、浅香光代・大江美智子などによる「女剣劇」がブームとなる。

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