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現代語訳 謙信流軍書(その壱・前書部分)


 「聖人の道」とは、国を治めるための道である。そのなかでもとりわけ戦争は一国にとって本当に一大事なことである。その国が栄えるのも滅亡するのも、軍隊の一挙動にかかっているのであるから、「聖人の道」を学ぶ人は、これを決して軽く考えてはいけない。元来、上古は文と武を二つに分けて考えるようなことはなかった。しかし、後世になると、聖人の道を志す者の多くは机上の学問のみを重要視して、軍隊を動かすことと国を治めることには何も関係がないとして、軍を軽く考えているが、それは大きな間違いである。宋代の頃の儒学者は自分たちを「王道の師」であると説いて、兵学を覇道のための謀(はかりごと)だと考えていた。その上、儒家が理想とする、殷の湯王や周の武王の軍隊には謀がなかったと解釈していたから、「武」と「文」を完全に異質なものとして二つに分けてしまったのである。

 さて、軍法というものは「節制」のことにほかならない。これには、隊列の組みたて方と兵器の組み合わせ方をどうするか、兵員の数によって戦闘方法や号令の出し方をどうするか、各部隊の移動や布陣の仕方と兵糧の手配をどうするか、武器の具体的な使い方はどうすれば効果的かなどに至るまで多くのことが含まれる。軍略が幼稚だと軍法が整っていても必ず勝つことはできないし、軍法が整っていなければ勝利を手にすることはできない。しまりの無い軍隊はつねに敗軍となりやすいからである。それゆえ、軍略は器量によって、節制は修練によって、それぞれ成し遂げられるものであるといえよう。戦(いくさ)をするということは、人気者になるためでもなければ、人に自分の利口さを自慢するためでもない。ただ、自分の覚悟を極めて、力のおよぶ限り望んだ通りの働きをすることだけを考えるのが武門のたしなみなのである。当時、世間にはやる諸流の兵学を学んだが、上の空の軍法は、成り上がり者が作法を身につけていないように、飲み込みが未熟だから肝心なときには何の役にも立たないのである。和漢の業(わざ)をすべて吟味して、みごと体得した上は、各々が覚悟を決め、心一杯思う存分働けば、たとえ運なく勝利を得られなくても、黄泉の国の底でも残念無念に思うことなどないのである。

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